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第15回全日本選手権個人タイムトライアル

2011.06.13(17:00)
こんにちは。
8823スタッフの榎本謙太です。

昨日の、第15回全日本選手権個人タイムトライアルで別府史之選手が見事に優勝されました。
別府選手といえば、先日のジロ・デ・イタリアも完走された日本の一流選手です。

ツール・ド・フランスで総合順位が一番後ろの選手の事をランタンルージュ(赤ランプ)といい
ます。
昔、果敢な逃げを決める事で大変人気のあった選手にジャッキー・デュランという選手がいました。
この選手は本当にしょっちゅう逃げていましてカメラに良く映るスポンサー受けの良さそうな選手
だったわけですが、大逃げを簡単に決めさせてもらえるほどプロロードレースの世界は甘くあり
ません。
毎回のようにゴール手前数キロの所で集団に吸収されあとは沈む一方といったレースも多かった
ようです。
そんな、デュラン選手はツールではランタンルージュ候補の常連でした。
逃げを決めない日は、今日はデュラン選手はグルペットとして走っていたみたいですね、なんて
実況の方がよくレース後に話されたりしていました。
実際に、1999年にはデュラン選手はツールのランタンルージュを見事に(!?)獲得しています。

この後、6月26日には全日本自転車競技選手権大会ロードレースが行われます。
このレースが日本で一番権威のあるサイクルロードレースとなるようです。
父が、自分は学生の頃に全日本アマチュア選手権(全アマ)と全日本学生選手権(インカレ)を
勝ったという話をした時に、元選手の方でない自転車業界の方はポカンとした顔をなさいます。
父は、この2つの実績の話をする事で当時日本で一番強いロード選手は自分だったと言いたいわけ
です。

ただ、これにはちょっと以下の補足説明が必要なんです。

父が、自転車のロード競技を行っていた当時は実業団の選手にもプロの方というのはおらず、ロード
の選手で一番強いのは学生だったそうです。
ですから、当時日本で一番権威のあるサイクルロードレースは父が勝った全日本アマチュア選手権で
した。
さらに、全アマをフロックで勝ったわけではないという事の証明として当時一番強かった学生が集ま
っていた全日本学生選手権(インカレ)にも勝った事があるよと付け加えているわけです。
何十年もそばにいた私が最近知った事なんで詳しくない方には全くわからないですよね。
もしかしたら、アマチュア競技者の方にとっては、シマノ鈴鹿ロードを勝ったとか乗鞍ヒルクライムを
勝ったとか言った方がまだ身近でわかりやすいのかもしれないですね。
でも、本人はそういった草レースでの実績はあまり気にかけてはいないようです。
確かに、私が子供の頃、草レースで貰ったトロフィーの上に乗っかった自転車に乗ったおじさんの
人形を何個も折って外してしまった時もさほど怒られませんでした。

この、プロとかアマといった区分には、当時の米ソ冷戦下という社会的背景が大きく影響しています。
当時、ソ連をはじめとする社会主義圏の選手達は皆アマチュア(ステートアマという)競技者で実際
社会主義圏のアマチュア選手の方がプロ選手よりも強かったりした競技も数多くあったようです。
オリンピックの歴史なんかを勉強するときに必ず出てくる話ですよね。

今晩はツール・ド・スイス見れそうです。
有力選手がかなり出ているみたいなので楽しみですね。
飯島誠さんの解説はこの間始めて聞いたので、また聞ければいいなと思っています。
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